パン屋さんのすずめ

パン屋さんのすずめ

近所のパン屋さんには、パンを食べることができるスペースがあります。

パンを買うとコーヒーを無料でもらうことができるので、パンを買ってコーヒーをもらって、このパンを食べることができるスペースで時々パンを食べて帰ることがあります。

パンを食べるスペースは、店内と外にもあります。

外は、道路に面したところに、テープルがいくつか置いてあり、そこで食べることができるようになっています。

今日、友人と買い物の帰りに、パンを食べて帰ろうという話しになりました。

天気が良く、気持ちが良い気候だったので、外で食べることにしました。

いろいろと話ながら外でパンを食べていると、すずめが寄ってきました。

人慣れしているのか、すずめは私たちの近くまで来て、落ちたパンくずを食べていました。

その姿がとても可愛かったので、近くにパンくずをまきました。

すると、すずめは近づいてきて、パンくずを食べ始めました。

逃げるどころかどんどん近づいてきました。

「野生のすずめにしては珍しいよね」と友人と話しました。

しばらく話に夢中になっていたので、すずめは気にしなくなっていたのですが、すずめはずっと机のまわりをうろうろとしていたようです。

ここに来ると餌をもらうことができると知っていているのでしょう。

しかも、安全だということが分かったので、逃げないで近づいてくるようになったのではないかと思います。

最後にパンくずをすずめのためにまいて帰りました。

すずめは、1日ここにいれば、結構お腹いっぱいになるくらいパンくずを食べることができるのではないかと思います。

今度気候が良いときにこのパン屋さんでパンを食べることがあれば、またすずめにパンくずをあげたいなと思います。

可愛いパン屋さんのすずめでした。

U-5

人の力に思うことのいろいろ

四月ということで、いろいろな先生にお会いする機会が多かったです。

正直、私はあんまり学校や先生という存在が子供の頃から得意ではなかったと思います。

当時は、それなりに楽しく通えていて、それは本当に親切な多くの友達に恵まれたことや、

運良くいい先生ばかりだったからという理由に尽きます。

ただ、人にはそれぞれ自分の一番適した年代というのがあると思うのです。

例えば幼稚園の先生が、四才、五才の子と毎日を過ごして、

楽しくお話していて、そうした中で本当に心から楽しくお話できて、

子供の心が分かる先生というのは、大人までの時間をきちんと辿った一方で、

幼年期の気持ちが劣化せずに残っていると思いますし、小学校、中学校の先生にもそれがあるんじゃないかと思っています。

自分が落ち着いた場所に辿り着いたと感じるのが、アラサーに入ったくらいでした。

普通は、この年代に入るまでに楽しめることを楽しんでおく、という流れだと思うのですが、

自分の場合は今、通学や勉強、いろいろなイベントがなくなった今が過ごしやすいと感じています。

ここのところ学校の先生というと、友達に聞く話でも、学校の先生になりたくてなれない方がいる一方で、

この先生は本当に小学生と毎日を過ごすのに向いているのだろうか、と思うようなことがあります。

その先生のその時の状況が適していなかっただけで、

その一年前、一年後は違ったのかも知れませんが、

教室の中で一番の指導力を委ねられる唯一の大人は、その日その日の教室の空気をも委ねられていると感じるのです。

何年か前、自分のクラスの子供たちを先生方は「うちの子」と呼ぶという話を聞いて、いいなあ、と思ってから、

ほんの何年かの間に何やら変化を感じていました。

先日お話を伺った先生は、空気をカラッと変える先生でした。

初対面に近いような大人の集まりで、その先生の何分間かの話の後に、

笑い混じりに全員が短時間で自己紹介ができたのは、

やはり、前に立つ先生の存在によると思うのです。

空気や、人の心をカラッと変えられる力ってあるんだな、と改めて思っています。